「あえて256GB」を選ぶ理由。50代・元SEが辿り着いた、PC容量を増やさないという戒め

GuardV レザー製スリーブケース Apple MacBook Air / Pro用カフェなどでパソコンを使用中は下敷きする

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私のMacBook Airは、いわゆる「最小スペック」です。 SSDは256GB、メモリは16GB。 もちろん予算を抑えたいという切実な理由もありますが、それ以上に、私にとってこの「256GB」という数字は、心地よい暮らしを維持するための大切な境界線なのです。

「収納箱」を増やせば、家は散らかる

I-O DATA HDDハードディスク

かつての私は、容量の大きいPCを買い、足りなくなれば外部ストレージを買い足す……という「足し算」の管理をしていました。ファイルはあちこちに散乱し、どこに何があるか分からず、イライラしながら検索窓を叩く毎日。

それは、まるで「家の中に収納ボックスをどんどん増やしていく」ようなものでした。 箱があれば、人は中身を捨てようとしません。とりあえず入れておこう、いつか使うだろう。そうして、管理の労力と、場所代(ストレージ費用)だけが膨らんでいく。

その無駄な時間と労力に気づいたとき、私は決めたのです。 **「最初から、大きな箱は買わない」**と。

256GBという「戒め」が、作業性を最大化する

GuardV レザー製スリーブケース Apple MacBook Air / Pro用カフェなどでパソコンを使用中は下敷きする キーボード

256GBしかない。そう思うと、人は自然と「今、本当に必要なもの」を厳選するようになります。 不要なファイルは即座に整理し、アーカイブはクラウドや最小限の外付けSSDへ。PC本体という「作業机」の上には、常に今向き合っている仕事の道具だけが置いてある状態。

この「強制的な整理」こそが、実は作業性を最も高めることを、私は今の暮らしで体験しています。 かつてファイル管理を疎かにし、容量の暴力で解決しようとしていた自分への、これは「戒め」でもあります。

ファイル管理を徹底すること。それは、自分の思考を、常に濁りのない状態に保つことと同じなのです。

13インチ、2つのポート。削ぎ落とした先にあった「軽さ」

GuardV レザー製スリーブケース Apple MacBook Air / Pro用 出し入れもスムーズ

ハードウェアとしても、私は13インチのAirを選びました。 余計な端子はない、USB-Cが2つだけ。 かつてのハイスペックマシンに比べれば、物理的にも「不自由」かもしれません。

しかし、この薄く、軽量コンパクトな1枚の板は、私をデスクという呪縛から解き放ってくれました。 ケーブルを何本も繋ぐ必要がない。 整理された256GBの空間を持ち歩く、その身軽さ。

静かな田舎の古民家で、あるいは波を待つ車中で。 最小限のスペックだからこそ、私は最大限の機動力を持って、自分の人生(コンテンツ)と向き合うことができています。

最後に:自分にとっての「足る」を知る

MacBook Air M1 とAnker バッファロー SSD-PSTU3A/Nシリーズ 1TB 500GB 256GB

「困ったらクラウドを使えばいい。困ったら外付けを繋げばいい」 そう割り切ることで、PC本体はどこまでも美しく、シンプルに保たれます。

世の中は常に「もっと速く、もっと大きく」を煽ってきます。 でも、2008年からWEBの世界で生きてきて、50代になった今の私は知っています。 **「本当に大切なものは、そんなに多くない」**ということを。

この256GBの小さな宇宙を整えることは、私の人生そのものを整えること。 今日も私は、この「最小限で最高な相棒」と共に、静かな思考の時間を楽しんでいます。

「具体的に私がどのようにこの256GBを管理しているか、その手法についてはこちらの記事で詳しく書いています。」