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「モノを大切にする」とは、すべてを自分の手で直すことだけを指すのではありません。
数年前、私は予算を抑えるため、そして持ち前の好奇心から、愛車を自分で塗り替えるという大きなDIYに挑戦しました。古民家に移り住み、「引き算の美学」を軸に暮らしを整えている真っ最中だった当時の私にとって、それは限られた条件の中での「最適解」だと思っていました。
しかし、数年経ち、車を乗り換えた今の私が辿り着いた結論は、少し意外なものでした。
「安く済ませることと、心が満たされることは、まったく別物だった」ということです。
この記事では、具体的な全塗装の工程ではなく、「DIYで済ませるべきこと」と「プロに委ねるべきこと」の境界線について、私の失敗談を含めて赤裸々にお話しします。
当時の私が「全塗装」を選んだ3つの合理

私が業者に頼まず、自分で塗ると決めたのには、当時の私なりの「正解」がありました。
- 経済的な合理性: 古い車に数十万の板金代をかけるのは、経営者的視点で見ても投資対効果が低いと感じたこと。
- 探究心: 「専用の塗料とスプレーガンがあれば、素人でもどこまでやれるのか?」という技術的な興味。
- DIYの醍醐味: 古民家をリノベーションしている延長で、車も「暮らしの一部」として自分で色を塗り替える楽しさを味わいたかったこと。
当時は、これこそが「無駄を省いた賢い選択」だと思っていました。
作業中の高揚感と、見落としていた「ノイズ」

真夏の古民家の庭。
全身汗だくになりながら、5日かけて養生と塗装を行いました。
スプレーガンから出る霧が、セレナのボディをマットなグレーに染めていく。
その瞬間は、これまでの「普通の車」が「自分だけの特別な道具」に変わっていくようなワクワク感がありました。
しかし、塗り終えて数ヶ月が経ち、日常が落ち着いた頃、少しずつ「ノイズ」が聞こえ始めたのです。
3年経って分かった、つや消し塗装の「影」
DIY塗装(特につや消し)には、メリットもあれば、当然デメリットもありました。
- 愛着の摩耗: つや消しはアラを隠してくれますが、プロの塗装のような「深み」がありません。洗車をしても、あの鏡面のような輝きは戻ってこない。次第に、車を洗う回数が減っていきました。
- 満足度の低下: 遠目には良くても、ふとした瞬間に目に入る塗装の質感の低さ。それが「自分の妥協の跡」に見えてしまい、次第に所有する喜びが薄れていったのです。
- 本当のコスト: 浮いたお金で何を得たのか。逆に、失った「車への誇らしさ」はいくらだったのか。その計算が、数年かけて自分の中で書き換わっていきました。
「節約」と「美学」の境界線

今、私はCX-5に乗り換えていますが、もう自分で塗ることは考えていません。
それは、DIYを否定するからではありません。
**「自分の毎日を支える大切な道具には、プロの技を借りてでも、最高に気に入った状態を維持すべきだ」**という教訓を得たからです。
何でも自分でやることが引き算ではありません。
自分にとって「譲れない1割」を見極め、そこにはしっかりと投資をし、それ以外の執筆や思考を邪魔するノイズ(中途半端な仕上がりへの違和感など)を徹底的に排除する。
それが、この炎天下のDIYから私が学んだ、本当の意味での「引き算の美学」でした。
結局、このDIYは「正解」だったのか?

結論から言えば、あの時の私にとっては**「必要な失敗」**でした。
予算を削ることには成功しましたが、その代わりに「所有する喜び」まで削ってしまったという事実は、やってみなければ分からなかったからです。
もしあなたが、
「ボロ車を延命させたい」
「プロセス自体を楽しみたい」
という目的であれば、DIY塗装は間違いなくひとつの最適解です。
しかし、「その車をずっと大切に、誇らしく乗りたい」と思うなら、私は迷わずプロの技術を頼ることをおすすめします。
本当の「引き算の美学」とは、単に安く済ませることではなく、納得感のあるものだけを残し、妥協というノイズを生活から消していくこと。
この炎天下の苦い経験が、今の私の「モノ選びの基準」を、より強固なものにしてくれました。
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