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「完璧な道具」を手に入れたとき、人は本当に満たされるのだろうか。
モノを減らし、暮らしと表現のノイズを引き算してきた私にとって、初代SIGMA fpは単なるカメラではなく、不自由さを通して「自分の感覚」を取り戻させてくれる相棒でした。
そして2026年、7年の沈黙を破って「SIGMA FP2」が姿を現します。
ネット上には「弱点を克服した神機」という賞賛が溢れ、スペック表を見れば文句のつけようがありません。
それなのに、約35万円の予約ボタンを前にして、なぜ私の指は動かないのか。
パソコンの前で腕を組む私の耳の奥に、かつて動画を諦める原因となった「ある音」が蘇っていました。
1. 画面の前で、懐かしい「サーッ」という音が蘇る

2020年2月、発売されて間もない頃に手に入れてから、約7年。
手ブレ補正もなく、オートフォーカス(AF)は迷子になり、液晶画面はピクリとも動かない。世間一般の基準で見れば「お世辞にも万人向けとは言えない不便な鉄の箱」を、私は古民家の静寂と、サーフィンの波打ち際で使い倒してきました。
そして2026年、ついに正当後継機「SIGMA FP2」が発表されます。
上下チルト液晶、像面位相差ハイブリッドAF、部分積層型センサー、そして70GBの内蔵ストレージ。ネットを開けば、「待望の神アップデート」「初代の弱点をすべて克服した完璧なカメラ」という絶賛の嵐が吹き荒れています。
正直に現在の私の胸中を明かしましょう。
「買う確率70%、買わない確率30%」
完全に「買い」の領域へ傾いています。 本来なら歓喜して、発表されたその瞬間に予約ボタンを連打していてもおかしくありません。
それなのに、なぜ私はパソコンの前で腕を組み立ち止まっているのか。 その胸のざわつきの正体は、約35万円という金額の重みだけではありません。もっと深く、自分の「生き方」と「道具のあり方」を巡る、痛烈な自問自答でした。
2. 私がfpで動画を撮るのをやめた、本当の理由

FP2の詳細なスペック表をスクロールしたとき、私の目が吸い寄せられたのは、チルト液晶でも爆速AFでもありませんでした。 音声仕様に書かれた、「16bitから24bit/32bitフロートへ」という、たった一行です。
ここで、一つ恥ずかしい告白をしなければなりません。 私がここ数年、愛してやまない初代fpで動画を撮らなくなっていた最大の理由は、AFの遅さではありません。「音」です。
初代fpの内蔵マイクには、特有の「サーッ……」というホワイトノイズが常に付きまとっていました。 静かな古民家の縁側を抜ける心地よい風の音や、早朝の海で打ち寄せる穏やかな波の綾。その場の空気感をそのまま真空パックしたいのに、いざパソコンで再生すると、静寂という真っ白なキャンバスの上に砂利をぶちまけたような雑音が響いてしまうのです。
「なんとかして、このノイズを消したい」
そう思い詰めた私は、外部レコーダー「Zoom H1n」を買い、fpの上に無理やり合体させました。優れたアンプ(音をきれいに大きくする部品)の力を借りて、ケーブルでカメラに音を送り込む作戦です。
確かにノイズは消え、狙い通りのクリアな音が録れるようになりました。 しかし、その代償はあまりにも滑稽で、残酷でした。
撮るたびに発生する面倒な配線。 小さな鉄の箱の上に鎮座する、アンテナのような無骨な外部機器。 だらしなく揺れるケーブルと、別々に充電しなければならない複数のバッテリー。
「気軽に、身軽に、美しい日常を切り取りたい」と願っていたはずなのに、気がつけば机の上には「要塞のような大げさなリグ(撮影装備)」が組み上がっていました。 物を持たないシンプルな暮らしを目指していた元SEの男が、Amazonの段ボールに囲まれ、配線地獄に溺れている。
「……自分は一体、何をやっているんだ?」
その面倒くささは、私の創作意欲を根こそぎ奪い去る巨大な「ノイズ」となりました。こうして私は、fpで動画の録画ボタンを押すこと自体をやめてしまったのです。
3. FP2が突きつけてきた「完璧な回答」

だからこそ、FP2の進化は私にとって急所を突く一撃でした。
音声記録は劇的に進化し、ノイズを拾うレベル(ノイズフロア)が大幅に引き下げられました。先行して実機を試したクリエイターに尋ねたところ、「内蔵マイク単体でも明らかにノイズが減り、クリアで実用的な音になっている」という答えが返ってきました。
もしFP2があれば、あの忌まわしい外部レコーダーも、邪魔な配線も、すべてゴミ箱に捨てられます。
- 音の解放: マイク単体で風の音も波のささやきも澄み切った音で残せる。
- 視界の解放: バリアングルのような横開きではなく、光軸をズラさない上下チルト液晶により、腰を痛めることなく波打ち際のローアングルが狙える。
- 迷いの解放: 被写体にスッとピントが吸い付く「像面位相差AF」で、動く被写体を見失わない。
- 物理管理の解放: 「70GB内蔵メモリー」により、SDカードを買い、PCに挿し、フォーマットするという認知的ノイズそのものを消滅させた。
- 動体歪みの解消: 読み出しが超高速な「部分積層型センサー」によって、電子シャッター特有のグニャリと歪む現象(ローリングシャッター歪み)をねじ伏せた。
しかもSIGMAのエンジニアは、チルト機構という物理パーツを詰め込みながら、ボディの厚みを初代の45.3mmから41.8mmへと3.5mmも薄型化し、本体重量の増加をわずか6gに抑え込みました。
世間の「機能を足してくれ」という声に対し、「機能を足すなら、元より削る」という凄まじいエンジニアリングで応えてみせたのです。
かつて私が初代fpに抱いていた「諦め」のすべてを、SIGMAは真っ向から解決してきました。 だからこその、「買う確率70%」なのです。
4. 万人受けへの寄り添いと、失われた「狂気」

では、残りの「買わない30%」――私の指を予約ボタンの前で躊躇させているものの正体は何なのか。
それは、「fpよ、お前も優等生になってしまったのか」という、古参ユーザーならではの切ない寂しさです。
初代fpの魅力は、世間のニーズやマーケティングの教科書を鼻で笑うような「削ぎ落としの美学」にありました。
「メカシャッター? 手ブレ補正? そんなものは要らない。世界最小のフルサイズという『核』だけを渡すから、あとはお前が工夫して使え」
そんな作り手の無骨な思想に惚れ込み、不便さをマニュアルフォーカス(自分の指先でピントを合わせる技術)でねじ伏せ、予備バッテリーをポケットに忍ばせながら付き合ってきた7年間でした。不便だからこそ、機械に使われるのではなく、自分の意志で表現の主導権を握る快感があったのです。
しかし、FP2が手に入れた万能さはどうでしょう。 ProRes RAW、Log撮影、被写体認識AF、チルト液晶。
どれもプロや動画クリエイターが歓喜する「正しい進化」です。 だがそれは同時に、初代が放っていた孤高の尖りを丸め、「誰からも愛される、失敗しない優等生」へと着地してしまったことの裏返しではないでしょうか。
万人受けするカメラなら、SONYやPanasonicに任せておけばいい。 もしSIGMAが、市場の要望などどこ吹く風で、
- 「機能を足すのではなく、アルミダイカストのビルドクオリティを維持したまま、さらに信じられないレベルで極限まで軽量化した」
- 「無駄を徹底的に削ぎ落とし、さらに研ぎ澄まされた手のひらサイズの鉄の塊を作った」
そんな狂気じみた「更なる引き算」を提示してくれたなら――。
たとえそれが同じ35万円だったとしても、私は何一つ戸惑うことなく、歓喜の涙を流しながら即座に予約ボタンを叩き割っていたはずです。
5. 35万円の天秤と、日常のリアル

35万円というプライスタグそのものが高いのではありません。 「求めていた進化の方向と、支払う対価の質」にズレがあるから迷うのです。
先日、私は日常のスナップ機として「RICOH GR Ⅳ」や「FUJIFILM X-M5」の導入を本気で検討し、比較記事を書きました。
あの葛藤の根底にあったのは、「フルサイズ用のレンズを装着したfp(約640g〜)は、日常でサッと持ち出すには少し重い」という、心理的なブレーキでした。出先で「カメラを持ってくればよかった」と後悔する自分を引き算したかったのです。
客観的なデータを見つめ直してみましょう。 FP2はボディ単体で3.5mm薄くなりましたが、大容量バッテリーを積んだことで本体重量は約38g増え、45mm F2.8を付けた実戦重量は約675gになります。
レンズを含めたサイズ感と重さは、何ひとつ変わっていません。
35万円を投じて完璧な母艦を手に入れたとしても、「サコッシュに放り込んで、息をするように街へ持ち出す」という身軽さは手に入らないのです。
- 選択肢A: 35万円を投じて、音もAFも克服したFP2にすべての役割を統合する(1台完結の夢)。
- 選択肢B: 不自由な初代fpを愛用し続け、浮いたリソースで日常を切り取る「圧倒的に身軽なサブ機(X-M5やGR)」を迎え入れる(役割の分散)。
この二者択一の前で、私の思考は激しく揺れ動いています。
6. 結論:11月11日までの贅沢な「思考の整理」
外山滋比古氏の名著『思考の整理学』に、こんな言葉があります。
「整理とは、いかに上手に捨てる(忘れる)かということだ」
整理とは、便利な機能をあれこれ買い集めて詰め込むことではありません。 自分にとって不要なノイズを引き算し、頭の中に「次に進むためのエネルギーが溜まる余白」を作ることです。
FP2がもたらす完璧な便利さは、私の日常に豊かな「余白」をくれるのか。 それとも、35万円という重みと引き換えに、機材への執着という新しいノイズを生み出すのか。
発売日は、2026年11月11日。
不満をすべて解消してくれたSIGMAのエンジニアへの、心の底からの敬意。 それでもなお、あの不自由で尖りまくっていた初代fpの横顔を愛おしく思ってしまう未練。
買う確率70%。 残りの30%の迷いが晴れるのか、それとも初代の無骨さを選び直すのか。
私は発売日を迎えるその瞬間まで、この贅沢で知的な葛藤を、トコトン味わい尽くすつもりです。
あなたなら、この「完璧になった鉄の箱」に、35万円を払いますか?
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